「先手必勝」とは、初期段階で競合企業よりも先行することが競争において優位に立つために重要な要素になることを示した概念である。実際、マイクロソフト社の「Office」などは、初期段階での有効打のおかげで支配的な市場シェアを獲得し、不動の地位を築いたように感じられる。最初の有効打は多くの顧客の注目の的となり、その優位性を武器にさらに発展することが出来るという意味において「先手必勝」は多くの国において重要であると考えられている。
しかし、一方で「先手さえとれば良い」というわけではないという意見もある。「先手必勝」とは、飲食業でいうところの立地の良いところを押さえるようなものであり、それだけで成功するわけではないというのである。さらに、昔ほど先手必勝の効果が高くないとも言われている。以前の記事でも書いたが、現代においては、どんなに差別化した商品サービスを投入したとしても数か月もすれば同レベルの商品サービスを投入し追随してくるようになったため、以前ほどの「先手必勝」の恩恵にあずかれないという事態が生まれている。
最近の事例で言えば、「〇〇Pay」だろう。最初に本格的に事業展開したのは「PayPay」だ。100億円キャンペーンが話題になった。しかし、その発表後、半年もしないうちに「Line Pay」「楽天Pay」「メルペイ」など次々に同様のサービスが展開されている。IT関連事業だからこそのスピード感ではあるが、以前であればここまでのスピード感はなかったのではないだろうか。こうなると、「先手必勝」が有効だとは言えなくなってくるのだ。
しかし、「先手必勝」しても意味がないとも言い切れない。確かに、数か月で同等のサービスを投入されることは先行した企業にとっては痛い。しかし、追随した企業の視点から見ると、数か月で同等のサービスを投入することの難易度と大変さは想像を絶するものである。同等サービスを研究し、自社としてどのような機能及び仕組みを取るべきか?そして、それを実際に短期間でリリースするのは、自社の資源の多くを投入しなければならなかったり、エース級の人材を活用する必要性に迫られることが多い。
しかし、先行した企業からすれば活用する自社のリソースや人材の疲弊は追随する企業ほどではない。追随する企業よりも多くの面で余裕があるものだ。そういう意味でも先手必勝は有効であると考えられる。先手を取ることで、次の先手を取りやすくなる。
また、「先手必勝」は競合する企業の規模や競争の状態によっても効果が異なる。例えば、シェア№1企業と№2企業の売上・利益やリソースに大きな差があるような場合、№1企業が「先手必勝」を実施すると№2以降の企業は簡単に追随することは出来ない。特に、「先手必勝を繰り返される」と№2企業はすべてにおいて追随する体力がないために、どんどん差が離れていくのが普通の考え方である。
一方、№2企業がどんなに先手必勝をしたところで、リソースに大きな差があるのであれば、№1企業にとっては、ほとんどの先手必勝に追随することが可能だ。つまり、大きな差がある企業同士では「先手必勝」は、№1企業に優位に働くということだ。もちろん、大きな差があっても№1企業にプレッシャーをかけることが出来るが、№1企業からシェアを奪うようになるためには「先手必勝」だけでは難しい。以前の記事にも書いたが、№1企業のミスや合意形成の遅延などが発生しなければ逆転は出来ない。
では、「先手必勝」が同じくらいのシェアをもつ企業同士で実施されるとどうなるだろうか?このような場合こそ「先手必勝」は効果を発揮する。上述したように、先手を打たれ追随しようとする企業は多くの自社リソースを投入しなければならなくなる。対応が遅れれば遅れるほど、競合企業との差が広がることになるからだ。もちろん、追随する内容によっても追随すべきかどうかという判断はしなければならないが、もし、将来性のあるサービスであると判断したのであれば先行した企業に食らいつく必要が出てくるのだ。
このような状態で、「先手必勝を繰り返される」と追随する企業は徐々に疲弊してくるものだ。常に、競合の後ろを追いかけているわけでアクションではなく、リアクションをしなければならないからだ。自分たちの意志で動くのではなく、他社の動きに合わせて動かなければならないのは、経営戦略に狂いを生じさせるし、社員からすると面白みのない仕事になってしまうことが多い。特にエース級の志の高い社員からすれば魅力的とは感じないだろう。
つまり、「先手必勝」は現代においては、一回限りで多くの利益をもたらすことはなくなってきたものの、「先手必勝を繰り返す」ことで徐々に他社を引き離すことは可能であると考えられる。ただ、自社と競合企業とのリソースの差や競合状態も影響するため、自社環境を十分に考慮して実行するしないを判断する必要がある。
逆に言えば、追随するばかりになっているのだとしたら、どこかで先手を取らなければ徐々に引き離されていくということだ。
参考文献:「経営戦略の思考法」