コロナ禍にあってテレワークになった人も多いことだろう。私自身もその例外にもれずテレワークなのであるが、以前から、テレワークについての記事を書きたいと思っていた。しかし、テレワークのコツだとかテレワークでも生産性を落とさないようにするためのノウハウだとかを書いても他の記事と同じになってしまうので、ここでは書かない。では、何について書くのかと言えば、人と一緒に仕事をする意味や直接会って会話することの意味についてである。
マクルーハンは、テクノロジーやメディアは人間の身体の「拡張」であるとの主張した。自動車や自転車は足の拡張、ラジオは耳の拡張であるというように、あるテクノロジーやメディア(媒体)は身体の特定の部分を「拡張」すると主張した。しかし、単純に拡張だけが行われるのではなく、「拡張」された必然的帰結として衰退する部分もあると説いた。つまり、自動車や自転車によって遠くに早く行くことが出来るようになった一方で、足の筋肉を衰えさせ人間の基本機能である「歩く」ことを辞めさせたということである。近年の研究でも、歩くことを辞めた結果多くの病気を引き起こす可能性が高いことが言われているし、歩くことで多くの病気を予防することが出来ると言われている。自動車や自転車によって得られるメリットの代償として我々はいくつかの病気を引き受けることになったということである。
では、今回のテレワークによって我々は何を得て何を失うのであろうか?今回はそのことについて考えることでテレワークが持つ意味について考えてみたいと思う。
私自身テレワークになっての最大の気づきは、意外にも直接会わなくてもテレワークだけで十分に仕事が出来るということだ。以前は、直接会わないと話が伝わらないとか思っていた部分があったが、今回のように強制的にテレワークになることで、お互いに伝えようとする努力と理解しようとする努力を双方がするようになった。そして、結果的に双方の努力次第で十分に仕事が出来ることが分かってきたのである。ある意味、これまでは直接会うことで伝わる雰囲気のようなものに頼りきってしまい、お互いにやるべき努力をしていなかったと感じるのである。そのことを思い出させてくれた意味でテレワークには感謝である。
また、煩わしい雑音が無くなることの快適さもテレワークのメリットの1つだろう。同じ場所で一緒に仕事をしていると、どうしても話しかけられたり会話が聞こえてきたりして、自分のリズムを保つことが難しくなる。しかし、テレワークではそのようなリズムを崩すものが一切取り払われるので、集中することが出来て仕事がいつもよりも進むのである。
ある意味、テレワークは仕事の本質的な部分にフォーカスさせてくれるのではないか?と私は思うようになった。伝えるべき事、理解するべき事をお互いに掴もうと無駄な雑談などをすることなく取り組み、自身の作業においてもやるべきことに集中することが出来るのは、テレワークのメリットではないのかと感じるのである。もちろん、サボれるだとか誘惑が多いとか管理しにくい等問題はあるのかもしれないが、そもそもテレワークは一定の主体性を持った人間同士でなければ難しい働き方なのかもしれない。
実際、ある調査によれば生産性が高まった人が半数以上となったそうだ。

このようにテレワークは私たちにいくつかのメリットを提供してくれている。では次に、テレワークによって私たちは何を失ったのだろうか?それは上記に記述したメリットと表裏一体であると考えることが出来る。つまりは、その場の雰囲気や何気ない雑談である。それら雰囲気や雑談は何を私たちにもたらしていたのだろうか?それは、恐らく一体感であったり、この場所に所属しているという帰属意識、共に目標を達成しようとする一体感なのではないだろうか?
これは完全に個人的な感覚になってしまうが、テレワークを継続するにつれて自分の仕事に集中できるようになった一方で、周りに気を配ることが全くなくなった。周囲が何をしているのか?会社全体の動きや自分の部署全体の動きの中で自分はどのような役割を担っているのかについての意識がだいぶ薄まってきたと感じるのである。このように感じるのはやはり、そばに同僚がいないことであり、何の雑談もせずに仕事にフォーカスしてしまうことの影響なのではないかと思うのだ。
そういう意味において、テレワークによって私たちは一体感や帰属意識・仲間意識といったものを失いつつあるのではないかと思うのだ。考えてみれば、日本人が実際に会って話すことを重視したり、同じ場所で仕事をすることにこだわるのは、日本人特有の性質にあるのかもしれない。同じ価値観でいることへの安心感が日本でテレワークが普及しない理由なのかもしれないとふと思うのであった。上記の調査で生産性が上がった原因は、もしかすると雑談や会議という名の帰属意識の高まりを醸成するだけが目的の会議から解放されるからこそ、テレワークによって生産性が高まったのではないだろうか?それだけ日本企業には帰属意識を高めるための無駄が多い証拠だろう。
ある意味、コロナ禍による強制的なテレワークは、多くの人の働き方を生産性重視の方向に舵を取るきっかけになったのかもしれない。この機会を境にして古い考えを持った会社上層部が考えを改めるのに十分な要因になった。これからはさらに生産性が正義という時代になる予感がある。
しかし、一方で人とのつながりが今後さらに希薄になることも間違いないことだ。人間が社会的動物である以上、誰かとのつながりがなければ幸せや満足を得ることは出来ないことを考慮すると、さらに精神的に病む人間が増えるだろうし、マッチングビジネスのような人と人を結び付けるビジネスがさらに成長する可能性が高いと考えられる。
そのような時代の変化にあなたはどう対応していきますか?このブログはマーケティングに関わる人が閲覧していると思いますが、マーケティングはこのような人間の変化に適応していく業務です。ぜひ、自分自身の頭で考え実践していきましょう。