日本市場は縮小している。これからもきっと縮小していくだろう。
しかし、だからと言ってその原因を市場環境などの外部要因だけに押し付けてよいのだろうか?「どうしようもない」「しょうがない」は万策尽きた時に言うべきであり、まだ出来ることがあるのならやれることをやるべきである。
しかし、マーケティングにおいて一体何が出来るのだろうか?絶対的なボリュームが減少することは単純に考えれば売上が減っていくことである。その状況にどのように対応していけばよいのか?
しかし、毎日ニュースを見ていると、売上減少の話題がある一方で、売上が増加したというニュースもチラホラ聞かれる。例えば、少し前のニュースだが「旭山動物園」は上野動物園の入場者数を上回る成長をしている。業界全体のパイは小さくなっているにも関わらず、売上を増加している企業というものは存在する。そのような企業が何を考え、どう実行したのかを知ることで売上増加のためのヒントが見えてくるかもしれない。
かつて一世を風靡した任天堂のファミコンは、ゲームソフトの開発販売をサードパーティ(ソフト開発会社)に開放することで一大ブームを引き起こした。ソフト開発を開放したことで、魅力的なソフトが大量に生産され、ファミコン本体の売上が増加するという事業システムは大成功であった。
しかし、その後ソニーが発売したプレイステーションによって形成が変わる。プレイステーションも任天堂が開発した事業システムを基本的には同じだが、任天堂のようなソフト開発会社への制約を大幅に緩和したのである。
実は、これまでファミコン用ソフトを開発するに当たっては、ソフト開発会社に様々な制約が課せられていたのだ。ソフト開発会社はソフトの開発と販売は認められていたが、具体的には下記のような制約が課せられていた。
- 製造は任天堂が行う
- ロイヤルティの前払い
- 年間タイトル数の制限
- 大ロットの最低生産数
- ソフト企画段階での事前審査
これら制約は、ソフトの品質低下を防ぐために貢献した。当時、ユーザーにとっては購入してプレイしなければソフトの良し悪しが判断できなかった。そのため、上記の制約がユーザーのクレームを防ぎゲーム市場の拡大に貢献したのである。実際、米国のアタリ社も同様の事業システムを開発していたが、ソフト開発の制約がなかったために、低品質のソフトが大量に生産されることになり、市場全体が縮小してしまう結果となっていた。
一方、プレイステーションでは、上記のような制約を緩和することでソフト開発会社の新規参入を促し、より多種多様なのソフトを生産することでゲーム市場全体の活性化を図ったのである。この施策は上手くいった。プレイステーションが発売される頃には、ゲーム専門店や専門雑誌などが普及しており、ユーザーは購入してみないとソフトの良し悪しが分からないという状況は解消されていたのである。
つまり、ファミコン発売当初の課題であった「買ってみないと分からない」というユーザーの不安はなくなっていたのだ。その状況を正確につかんだプレイステーションは制限を緩和することでファミコンからシェアを奪ったのである。しかし、任天堂はユーザーの「買ってみないと分からない」という不安があると判断したのだろう。プレイステーションと同じような緩和を行わなかった。
このブログで度々言っているように、消費者は製品サービスを判断するときに特定のフィルターや思考枠に当てはめて判断する。この例で言えば、ファミコン発売当初には「このソフトは面白いソフトなのか?」という思考枠が働いていた。しかし、専門誌などの普及によってその思考枠はなくなっていた。買う前に面白いのかどうかをある程度は判断できるようになっていたのである。市場の厳しい評価が働くようになっており、任天堂の制約は不必要な状態になっていたのである。その消費者のフィルターや思考枠の変化に任天堂は気づけなかったためにシェアを失うことになったのだ。
しかし、このプレイステーションの施策は徐々に陰りを見せることになる。制約の緩和によって多種多様なソフト開発を促したものの、一部のソフトへの人気が集中したことと、人気ソフトのシリーズ化によって顧客の固定化が起きたのである。特にシリーズ化はシーズン2から購入するということはあまりなく、シーズン1を購入した人によってプレイされる傾向があるため、顧客の新規獲得という面で問題が生じた。また、ソフト開発会社とすればシリーズ化によって一定数の販売が見込めるためにシリーズ化したわけだが、しかし、シーズン1の顧客を満足させるためにシーズン2以降ではさらに複雑な展開や仕様が用意されることになった。それら施策が新規顧客の取り込みをさらに困難にし、業界全体の縮小を促す結果となったのである。
結果として、国内ゲーム市場は1997年をピークにして、2004年にはその6割程度まで縮小した。
この状況に上手く対応したのは任天堂であった。任天堂は、市場が縮小したことによって休眠顧客が増加していることに目を付けた。一部の熱狂的なコアなファンのみが楽しめるゲームではなく、誰でも簡単に遊べるゲームということで「Wii」を発売した。任天堂は複雑化したゲーム市場が生み出した休眠顧客(複雑化についていけなかった人達)をターゲットとして「Wii」を開発したのだ。
一方、プレイステーションは従来のスタイルは変えず、より高画質な映像でゲームを楽しめるコンセプトを貫いた。結果はご存知の通り「Wii」がシェアを奪い返す結果となったのである。
このころの消費者には、ゲームに対して「簡単に楽しめるものか?」というフィルターや思考枠が働いていた。どのゲームも楽しむためには複雑な仕組みを理解する必要があることを認識し始めていたのである。そのことに任天堂は気づいていたが、プレイステーションは気づけていなかったのである。
このように、時間の経過とともに消費者の物事を見る「フィルターや思考枠」は、様々な要因によって変化するのである。市場全体が縮小傾向にあったとしても、このフィルター・思考枠の変化は常に起こる。そして、この変化をより早く察知し、的確に施策に落とし込めた企業は縮小する市場の中でもシェアや売上を増加させることに成功している。
縮小する市場にある日本企業にとって、このような消費者のフィルター・思考枠の変化を見極めることが売上の増加・シェアの増加につながるのではないだろうか。
参考文献:マーケティング・リフレーミング-視点が変わると価値が生まれる(有斐閣)