「はとバス」と言えば、東京観光の定番と言ってもいい観光バスである。都内に住んでいる人でも利用したことがあるという人も多いかもしれない。もしくは、「はとバス」が過去に事業継続が危ぶまれていたものの近年売上を回復しつつあることで知った人もいるかもしれない。今回はこの「はとバス」がいかにして復活したのかについて記述していく。
「はとバス」は、1964年の東京オリンピックの年には120万人を超える利用者があったものの、1990年だいには50~60万人まで利用者が減少していた。経常赤字を4年連続で計上し、借入金はグループ全体で約70億円にまで膨らんでいた。しかし、2007年には、税引き前利益で6億60000蔓延と過去最高利益を更新するまでに復活した。
この復活劇には、歴代の社長によるコストカットや給与カットなど様々な施策による結果であるが、特に注目すべきことは「従業員のお客様を見る目の意識の変化」である。当時の社長である宮端氏は、毎日のようにお客様として「はとバス」に乗りに来ていたという。とにかくお客様を見て実際に感じることをとても大切にしていたそうだ。そのような行動が従業員にも伝わったことで様々な変化が起こっていく。今回は簡単にまとめる。
それまで『お客様は「はとバス」に乗りに来ている』と従業員は考えていた。それはおそらく長年にわたり「はとバス=東京観光」というイメージがお客様に根深く位置していると従業員が信じていたからだろう。つまり、お客様はなぜか「はとバスに乗りたい」とどこかで思ってくれるものだと思い込んでいたのだ。それまでのパンフレットも時刻表をベースに作られたもので魅力的に見えるものではなかった。しかし、従業員としてはそれがあればお客様は来てもらえるものと考えていたそうだ。
しかし、当然のように何十年も前のような「東京観光=はとバス」の時代ではなく、ネットで情報が溢れ東京のどこに何があり、どうやっていけばよいのかを既に知っている時代においてそのような考え方でお客様が来てくれるはずもない。
この当時の「はとバス」の最大の問題点は、実にお役所的な企業であったことだ。実際、「はとバス」は半官半民の企業であり東京都が所有している企業であった。そのため、いかにしてお客様を集めるのか?いかにして満足させるのか?という意識が全く欠けていた。
しかし、それら意識も変わってくる。そして、最も大きく飛躍するきっかけとなったのはやはり「常識を疑い」「お客様を見る」ということであった。お客様は本当にはとバスに乗りに来ているのか?お客様は何に価値を感じているのか?などマーケティングの基本的なことを実践することで変わり始める。
本来、別の目的で東京に来た人に対して、合間に観光出来るようにツアーを企画したり、当日に帰ることができるように4時台に終了するツアーを汲んだりするなど様々な施策を実行していった。さらに、これまでどのようなお客様が「はとバス」を利用していたのかをデータ分析しておらず、漠然と「地方の人が利用してくれている」と思い込んでいたが、実際には首都圏在住の人が4割近くも利用しているということに初めて気づいたという。他にも、昼のツアーは近畿地方在住の人が多く、夜のツアーは東北や九州在住の人が多いことも気付くことになる。近畿地方の人であれば当日に帰れる昼のツアーが人気で東北や九州の人にとっては宿泊することが前提のため夜のツアーに参加する人が多いということである。
従業員たちは、お客様が変化していることに気づいたのである。そして、現代のお客様が何を望んでいるのかを知り、はとバスのサービスが出来ることをお客様に適合させる上記のような施策を実施することで赤字を脱していったのだ。
また、当時の従業員の思考の硬直化を象徴する出来事がある。
あるツアーが人気のためバスを追加したいと考えた。しかし、バスは追加できないと担当者から言われたというのである。なぜなら、このツアーで利用している「天ぷら屋」の駐車場に制限があり「バスを増やしても天ぷら屋の駐車場に入りきらないから台数は増やせない」というのである。
普通の企業であれば、では別の店を利用するようにツアーを調整すればいいことに気づくものなのだが、当時の従業員にとってはそのような思考をすることさえ難しかったのである。
この出来事は半官半民の「はとバス」だからこその事例だろう。一般企業ではここまで思考が硬直化してしまっていることはないだろうが、思考が硬直化することの損失は大きいことを物語っている。長年同じ仕事を繰り返していると自分たちの仕事に何の疑いも持たず、少し考えれば出来ることが出来なくなる。このような思考の硬直化が『常に変化するお客様を相手にするマーケティング』が失敗し続ける理由の一つだ。
はとバスは今でこそ人気になっているものの、それを達成したのは「なんてこともない思考の変化」である。それまでの常識を疑い、お客様はどのように感じているのかを真摯に向き合うことである。
しかし、それが意外と難しいことも皆さんはご存じだろう。毎日の業務の中で知らないうちに思考の硬直化が起きている。しかし、それこそ成果を妨げる原因でもあることを知っておくことは大切なことだ。
特にマーケティングは、お客様を相手にするものだ。お客様は常に変化している。今日通用したことが明日には通用しなくなっている。それに対応し続けるのがマーケティング担当者の役割だ。そのような仕事において思考の硬直化は絶対に避けたい事なのである。
参考文献:マーケティング・リフレーミング-視点が変わると価値が生まれる(有斐閣)