日本には近江商人の「三方よし」という行動哲学がある。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の言葉を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。売り手の都合を考えるだけでなく、買い手のこと、さらに世間にとっても良いことをしようという考え方であるが、現在のビジネスにおいても大切な考え方である。
この哲学を応用して成功している企業がある。一休.comである。一休は1998年に創業した高級ホテルや高級旅館に特化した宿泊予約サイトの「一休.com」を運営する企業だ。東証一部に上場した2007年当時の社員数は30名で売上高は約21億円だったが、2013年には社員数は130名、売上高は48億円、2015年には66億円にまで成長している。現在はYahoo!の子会社である。
一休がここまで成長した秘密は何なのだろうか?彼らが素晴らしいのは、顧客(宿泊者)の課題解決に貢献するだけでなく、パートナー企業であるホテル運営者の課題解決にもなる分野を見つけ出したことだ。「売り手よし」「買い手よし」「パートナー企業よし」の「三方よし」を実現しているのだ。
一休は、宿泊予約サイトを高級ホテルや高級旅館にターゲティングすることにより「クレームが出ない」「利用料金が高い(平均1泊2万3000円)」「利益率が高い(ネット予約でも20万円~50万円といった高額利用者もある)」というメリットを享受することが出来ている。手数料は10%と言われている。(売り手よし)
さらに、ホテル運営会社(パートナー企業)にとっては、一休が比較的経済的に余裕のある人を沢山呼び込んでくれるというメリットがある。これはホテル側にとっては非常に喜ばしいことだ。経済的に余裕のある人はホテルのレストラン利用時にワインなどの追加オーダーをする人が多く、宿泊代金以上の売上をもたらしてくれる可能性が高い。一方で、経済的に余裕のない人が宿泊する場合(特別プランなど)、追加オーダーは期待できずリピーターにもならない。経済的に余裕のある人はホテル側にとってはリピーターになって欲しい優良顧客であることもホテル側の大きなメリットとなっている。(ホテル運営会社よし)
多くのホテルでは、休日と平日では顧客層が異なる。休日は家族連れや個人利用者が多いが、平日はビジネスマンの出張に使われることが多い。しかし、ビジネスマンは企業の経費で処理できるが、景気の影響を受けやすく、キャンセルも発生しやすいというリスクがあり、リピート顧客になるかどうかはホテル運営会社だけの努力ではどうしようもない要素を含んでいる。ホテルとしては、当然であるが可能な限り経済的に余裕のある人を顧客として多く持っておくことで景気に左右されず安定的な売上を確保したいと考えるものだ。しかし、業界的には低価格化が進んでおりホテル側としては利益を生まない顧客を大勢相手にすることが課題になっているのだ。一休の事業はホテル側にとって大きなメリットがあるのだ。
また、一休の顧客は旅慣れた人向けのサービスが充実している点でメリットが多い。例えば、今では多くの企業が実施しているが「客室グレードアップ」や「アーリーチェックイン」「レイトチェックアウト」など一休限定特別プランが支持されている。もちろん、高級ホテルや高級旅館をリーズナブルな価格で宿泊できることも宿泊者のメリットではあるが、単純に価格が安ければよい顧客とは違う旅慣れた人のニーズを満たしているのだ。(買い手よし)
一休は、ホテル側が欲しい顧客を理解しホテル側の課題解決に貢献している。その結果として、一休限定特別プランなどをホテル側と協業することが可能になっている。それらの施策により、さらに優良顧客を集客できる環境を整え、自社の独自性を増加させているのだ。このような取り組みが実を結んだのか分からないが、2012年に沖縄のリッツカールトンが開業した際には、他社サイトが数室の予約しか取れないにもかかわらず、一休は700室(一泊平均5万円)を超える予約を獲得する実績を持っている。
一休は、ホテル側の課題を理解し、その課題解決のために一休は大きく貢献した。そして、何よりホテル側の解決できていない課題・要望を見つけ出したことが一休の大きな成果に繋がっている。マーケティング担当者として、顧客の不満・課題は意識するものの、パートナー企業のことまで考えることはあまりない。しかし、パートナー企業への貢献は他社の追随を許さないポジショニングを可能にしているのだ。
自社の利益のことだけを考えるのではなくパートナー企業の利益も考えることで、業界内での自社の立ち位置をゆるぎないものにする。持ちつ持たれつのバランスは、自社が必要とされるためには必要なことなのだ。そのバランスが崩れてしまっては、いつかそのバランスを正そうとする動きが出てくるはずだ。
なぜ、企業は自社だけでなく顧客・パートナー企業・世の中のために貢献しなければならないのか?その1つの答えは、自社が多方面から必要とされる存在になることで継続的に発展することが出来るからだと言える。