東洋水産のヒット商品、「マルちゃん鍋用ラーメン」は、1990年に発売された「昔ながらの中華そば」が前身となっていることをご存じだろうか?「昔ながらの中華そば」は、通常の生麺とは異なり、打ち粉をしようしないためにゆでこぼしが不要となる「半なま乾燥麺」の技術を採用した商品であった。分かりやすく言うと、生ラーメンなのにインスタントラーメンのように1つの鍋で調理が可能だったのである。インスタントラーメンのように手軽に本格的なラーメンの味を楽しめる商品であった。
しかし、この「半なま乾燥麺」という技術は、ラーメン市場の中では差別化・競争優位性があるとは言えなかった。技術的にはもちろん差別化されたものであり、大手の競合他社がすぐには真似することが出来ない商品であったが、顧客からすれば大きな違いを印象づかせるまでには至らなかった。メインターゲットの子供がいる家庭において、コンロが1つしかないことはあまりなく、鍋1つで調理が可能という点に大きなメリットを感じさせなかったのである。
いずれにせよ、「半なま乾燥麺」の「昔ながらの中華そば」は、価格競争に巻き込まれた。独自技術で独自設備のために値下げ競争を戦い抜くことは厳しく、利益を生まない商品に成り下がっていたのである。
この状況を、顧客が常に特定のフィルターや思考枠を通して物事を見ることを前提として考えるのであれば下記のようになるだろう。
顧客(主婦)の思考枠(=どのラーメンが美味しいか、野菜は取れるか、調理の手間がかかるかというフィルター)を通してみると、半なま乾燥麺は「他と変わらない食材」として見えたのである。
しかし、「鍋用」としたことで新しい価値が生まれることになる。
主婦は買い物をするとき、家族に喜んで欲しい・栄養バランスの取れた食事にしたいといつも思うものである。そんな中で野菜をいかに食べさせるかにいつも苦心している。特に多くの子供は野菜が嫌いだ。
そのため、野菜が多い鍋でも最後にラーメンがある(〆にラーメン)なら、ラーメンと一緒に野菜を食べてもらえる!と考えたのだ。結果として、大人にも子供にも満足できる食材として認知されるようになったのである。
この状況を、顧客が常に特定のフィルターや思考枠を通して物事を見ることを前提として考えるのであれば下記のようになるだろう。
顧客(主婦)の思考枠(=子供も大人も喜ぶか?野菜は沢山食べてもらえるか?というフィルター)を通してみると、「マルちゃん鍋用ラーメン」は「大人も子供も家族全員喜ぶ食材」として見えたのである。
一般的なラーメンとして販売することは、顧客に「どのラーメンにするか?」という思考枠を起動させる。そのような思考枠・フィルターがアクティブになっている状態では「半なま乾燥麺」は魅力に欠けていたのだ。
しかし、鍋用ラーメンとして販売することで、顧客に「子供に野菜を食べさせられるかもしれない」という思考枠・フィルターをアクティブにさせることとなり、その思考枠・フィルターから見た「マルちゃん鍋用ラーメン」は非常に魅力的に見えたのである。
マーケティングは、視点を変えると価値が出ると言われる。この事例はまさにその好例である。一般的なラーメン市場では、輝かなかった商品が鍋市場では輝く商品になったのである。自社の製品サービスが輝くためにはどのような思考枠・フィルターで見てもらうか?顧客の視点をどう変えてもらうか?が非常に大切なのである。