人は社会的媒体

考え方

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考えても何も生まれてこない。それは事実だと思う。もう、自分から発信するものがない状態になるとそれは正しい。しかし、何かを発信できる状態である、つまりは自分の中に何かがある状態であれば考えれば出てくるだろう。いずれにしても人間という生き物は何かを取り込みそれをエネルギーにして何かに換えて世の中に発信していく生き物であることは間違いないと思う。

自分で何かを作り上げたいと願う人は沢山いる。そして、それはとにかく考えることから生まれると思い込んでいる人がいる。しかし、それはもはや人間としての基本を捨ててしまっている。結局は、私たち人間は何かの流れの中でしか生きるのこと出来ない社会的生き物であり、何かの媒体であるのだ。何がが来てそれを受け入れ何かに換えてまた世の中に出ていくための媒体。それは酸素であるかもしれない。酸素を取り入れて二酸化炭素を出すのは人間の生物的義務でもある。もしくは、社会的意義かもしれない。自分が働くことで多くの人間に何かを与えることが出来るかもしれない。そして、何かが返ってきてそれをエネルギーにしてまた動き出す。

何かを生み出すとは結局は何かを受け入れそこから新しいものを出す行為であると言える。考えることは重要であるが、それだけでは十分ではないのだ。多くのものを取り入れ、そして今までとは全く違うものが生まれる。そういう事なのではないだろうか。