2018
09.11

マーケティングテクノロジーは、マーケティングを難しくしたのかもしれない。

マーケティング, マーケティングオートメーション

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昔より人の意見が変わることは少なくなってきているのではないだろうか?人の意見を変えることが難しくなってきているのではないか?最近そう感じるのは私だけだろうか?

ネット検索をしても私の過去の検索履歴やクリックしたコンテンツから私が好みそうな情報が並ぶし、アマゾンでもこれまでの購入履歴から私が購入しそうな商品が並ぶ。FacebookやTwitterでも気の合った人をフォローするし友達になるから、私と意見が異なる人とつながることはあまりないし、そんな情報に接する機会さえ少ない。

このような状況になったのは、すべて情報がパーソナライズもしくはフィルタリングされているからである。

本来であれば、異なる意見を受け入れその上で私なりの考えを発展・成長させるものであるが、これらパーソナライズ・フィルタリングエンジンが私たちが変わる機会を奪いつつあるように感じるのである。

何をしていても私の信じたいことや好きなことが優先して表示されつつあるこの世界は、私たちを1つの何かに縛り付けるには十分なように感じる。例えば、トランプ大統領のやり方に賛同する人は、トランプ大統領に対するポジティブなキーワードで検索するだろうし、検索結果には何万というトランプ大統領を肯定する情報が表示されるので、この世界の多くはトランプ大統領を支持しているかのように感じても不思議ではない。逆に、トランプ大統領を批判をする人は、世界のみんながトランプ大統領を批判をしているように感じてももちろん不思議ではない。

私たちが接する情報が、私たちのためにカスタマイズされ私たちが興味関心のある情報を優先的に提供している環境にいるのだから当然である。決してどちらが悪くも良くもない。ただ、ほとんどの人がその事実に気づいていないだけである。

近年、世界中で広がりを見せる意見の対立はこんなパーソナライズやフィルタリングが大きな影響を与えているのではないだろうか?EU離脱にしても信じたいことしか画面上に表示されない状況では本来知らなければならないことはいつまでも知ることが出来ない状況になっているのではないだろうか?トランプ大統領にしても、良いことも悪いことも多種多様な情報が画面上に表示されていたら、クリントン氏に投票していた人も一定数いたのかもしれない。しかし、近年のパーソナライズやフィルタリングのエンジンによって多くの人は、知らぬ間にある意見に固定化されてしまっているのではないだろうか?

こんな状況でマーケティングはどうすべきなのだろうか?客観的に見てマーケティングによって人を動かすのは難しくなったと言わざるを得ないと私は思っている。どんなに顧客に必要で役立つ情報を提供していたとしても、その情報に気付いてくれない可能性が昔より高くなっているからである。運よく情報を届けられたとしても、時間が経てば画面上に溢れるこれまでの自分に都合がよく心地よい情報に流されてしまう。一度、ネガティブな印象を与えてしまえばもう顧客はこっちを向いてはくれない。そんな状況にマーケティングは直面しているのだと思う。

マーケティングによって発信する情報にはこれまで以上に気を配らなければならない。自社に対してどうポジティブなイメージを持ってもらうかは、これまで以上に重要になる。そして、マーケティングが出来ることもパーソナライズとフィルタリングしかない。顧客が好む情報と好まない情報を知らなければ現代のような多種多様な価値観を持つ顧客に対しては何も出来ない。しかし、そのパーソナライズとフィルタリングを実施する企業が増えれば増えるほど他社から顧客を奪うことは難しくなる。他社の顧客は他社が提供する心地よい情報に浸り自社の情報に見向きもしてくれなくなるからだ。これからのマーケティングで最も重要なことは、自社にポジティブな印象をもつ顧客を絶対に奪われないことである。そして、まだ態度を決めかねている顧客をいち早く見つけ、早い段階で自社に取り込むことである。

マーケティングテクノロジーによって、パーソナライズやフィルタリングが出来るようになったおかげでマーケティングが上手くいくはずが、逆に顧客を固定化させマーケティングを難しくしている。そんな気がしてならないのである。