2018
09.05

「謙遜」の使いどころ間違えると人生が上手くいかなくなる話

考え方

Pocket

仕事において最も大切なことは「実力」であると考える人は多いと思います。しかし、現実はそうでしょうか?あなたの会社にも実力は本当はないのに出世していく人がいないでしょうか?大した能力もないのに、上司に取り入るのが上手かったり、自分自身を上手く表現できるために人からは魅力的に見えてしまう。そうして出世していく人がいないですか?

この記事は、そんな実力がない人を非難する記事ではありません。むしろ、実力がないのに出世していく人を多少なりとも評価する記事です。

なぜ、そんなことを書くのか?それは、「実力」をつけるためには多少なりとも自分を良く見せる能力が必要だからです。「実力」さえあれば良いのではないことを言いたいのです。

あるアメリカの実験で面白い話があります。採用面接で、単なるモデルと仕事で実績を積んだ普通の人がいた場合、どちらが採用になりやすいのか?という実験がありました。普通に考えれば、実績も知識も何もないモデルが評価されるはずがないのですが、実際には面接官が評価したのはモデルの人だったという話です。

これは、見た目が大きな影響を受けるという実験ですが、面接官はモデルの実力があると判断している点が重要です。つまり、ある一つの部分で抜きに出ていると他の要素についても良く見えるということです。実績がないことも言い方次第で良さげに見せることが出来るということです。

このようなことが出来る人間とそんなことは詐欺だと言ってバカ正直に実力を高めることだけに専念してしまう人では、将来的には決定的な差が生まれると考えられます。というのも、出世すればするほど、周囲の環境は良くなっていくからです。多くの人がサポートしてくれるし、周りには優秀な人たちが溢れるようになってきます。そのような中で生きていけることが人生の大きな資産になることは間違いありません。

最初は実力がなくても、そのような環境で仕事をしていくことで実力がついてくるのです。もちろん、その環境に胡坐をかいてしまっては意味がありませんが、出世していく人はこのような「チャンス」を確実にものにしていくものです。

一方、実力だけが取り柄の人は、最初こそ周囲から評価されていても、出世した人とは違う環境で仕事を比較的長い期間過ごすことになり、いつの間にか出世した人よりも実力を伸ばすことが出来なくなってしまうのです。

世の中にはこんな人が多いのような気がします。特に日本という国においては多いのではないでしょうか?アメリカとかであれば、大したことをやっていないのに自信満々に自分をアピールするのに、日本人は謙遜して自分を本来の実力を控えめに言うことが美しいと考えてしまうのではないでしょうか。

しかし、このような態度は人生において大きな損失を生みかねません。せっかくの実力が伸び悩み、本来行けるとこにたどり着けず、普通の人生になってしまいます。この日本特有の謙遜さと言うのは使いどころを間違えると大変なことになってしまいます。

人生は、素晴らしい人との出会いによって豊かになります。そのチャンスをみすみす逃すのはあまりにももったいないことです。より良い環境で仕事をしたい、より良い人々と生活したいという気持ちに謙遜は必要ないのだと思います。