2015
09.01

よくここまできたと思う

考え方

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ここまでよく生きてきたなと思う。そして、本当に無理をしてきたなと思う。

まだ10代の頃、自分一人で生きていかなければならないんだという強い絶望感を味わうと同時に自分の生きていく能力のなさに愕然とした経験を経て、よくもここまできたものだと思う。そして自分の置かれた圧倒的な環境の悪さ(それは周囲の人間の生きる気力の無さであったりした)から抜け出したいと心から思ったものだ。でもそんな環境に影響されたのか分からないけど、自分もダメになった部分が大いにあると感じていた。あの数年間を違う人間と過ごしていたら自分はどうなっていたのだろうと心から思う。でもそんなことを言っても何も始まらない。この世界で自分は生きて行かなければならない。でも、当時の自分は本当に何にも出来なかった。誰がどう見てもバカだったし心も弱かった。怠け者でだらしなかった。いつの間にこんな人間になってしまったのかと自分自身に愕然したくらいだ。やはり周囲の人間のように無気力に何もかも諦めて生きるしかないのかと思ったものだ。

でも、何とかギリギリのところで運も味方してある程度の道筋をつけることが出来た。嬉しかったし、やっぱり諦めないで良かったと思った。「諦めなければ絶対に夢は叶う」というクサすぎるセリフも信じられる瞬間であった。いろんなものを信じられたしもっと多くのことを「知りたい」「吸収したい」と思った。

そこからは仕事だけの生活だったと思う。まさに朝の9時から朝の9時まで働いた。人の何倍も働いて人生の遅れを取り戻したかったし仕事の出来る人間になりたかった。自分の力で生きていけるようになりたかった。自分の足でしっかりと生きている自立した人間に憧れた。その気持ちがあったから、ドンドン高いレベルを求めた。今の自分では絶対に無理だろうと思ってもそれに挑戦してバカにされながらも色んなことを吸収していった。誰かに凄いねと言われても何にも嬉しくなかった。世の中には自分よりももっと凄い人がいてそんな中で自分はまだまだ仕事が出来るとは思えなかった。あの頃には戻りたくなかったし、あの頃を振り払いたかった。あんな底辺から俺は来たんだと思いたかった。

でも、やはり無理をしてきたなと思う。所詮、自分はスタートかなり低いところからだったしそこまで頭も良くなかった。無理なものは無理なんだと感じることも多くなった。このまま続いていればもう少しはマシになるだろうとも今までの経験上感じている部分はあっても、色々と歴史を重ねてくると見えなかったことまでも見えてくる。自分がどれだけ多くのものを失ってきたのかも、今更ながら気付いたりする。色んな人の気持ちに答えられなかったり裏切ったりしてきた。大切なものをたくさんなくしたように感じる。こうやって生きてきたことに全く後悔はないけど、本当に自分らしかったかと言われれば、そうではない。自分はただただあの頃の衝動に突き動かされてここまできたようなものだ。結局自分のためだけに生きてきたのだ。そして今自分には欠けているものがたくさんあるように感じるし、それを埋めたいとも少なからず感じている。

少し、生き方を変えてみたいと思っている。今までの生き方はこれからも継続するとして、もう少し違う生き方をした方がいいのだと思う。ある意味自分はここまで好き勝手にやって来たわけだし、あの頃思い描いた風景にも少しだけ近づけたという思いもある。少し満足している自分もいる。逆に言えば強い衝動が弱くなったようにも感じるのだ。もういいのかなと自分自身に言い聞かせているようなところもある。まだまだ人生は長いと思うし、そのためにはこのままではいけない。そう感じているのである。無理をしなければ絶対に成長はしない。リスクを取らなければならない。何かを犠牲にしなければならない。それは以前のブログに書いた通りである。その考えはこれからも変わらないと思う。でも、もういいじゃないかとどこからともなく声が聞こえるのである。それだけじゃダメなんだと思うのである。無理をしてきたのである。