近年、多くのマーケティングソリューションベンダーが売上を伸ばしています。
各社、自社製品の売上を上げるために様々なマーケティング施策を行っています。各社の施策の内容として特徴的なのはマーケティングの考え方と一緒に売り込む方法です。例えば下記のような文言はよく見られます。
「マーケティングにおいて、売上・利益を向上させるためには、2つの方法があります。1つは、購入者を増やすことです。しかし、購入者を増やすことは近年の市場環境により困難になってきています。そこで、今企業が取り組むべきことは、購入回数を増やす(もしくはLTVを増加させる)施策です。これまで多くの企業が取り組んでこなかった領域です。私たちが出来ることはまだまだあるのです。しかし、購入回数を増やすと言っても簡単ではありません。顧客のロイヤリティを高める必要があります。しかし、ロイヤリティを高めるために社員がお客様の一人ひとりに対応することは不可能であり、効率的ではありません。しかし、CRMがあればそれが可能になります。効率的にかつ効果的に顧客ロイヤルティを高め購入回数を向上させることが出来るのです。」
こんな感じの文言を見たことのある人は沢山いるのではないでしょうか?各ベンダーにとって当然のセールストークです。CRM製品が良く見える尺度やフィルターを顧客に想起させることでCRM製品を導入することが正しいと判断してもらいたいのですから。逆に、CRMが悪く見える尺度やフィルター(例えば、ロイヤルティを高めても購入回数は増加しないという考え方)を顧客に想起させるようなマーケティングをしようものなら100%クビでしょう。私でもそんなことはしません。
個人的にも、このセールストークはとても優秀だと思います。実際、そのように考えてCRMを導入する企業も多いでしょう。決して間違ったことは言っていません。しかし、気を付けるべきなのはセールストークであるということです。マーケティングの基本は、自社製品が最もよく見える視点を探し、それを顧客に提供することです。CRMで言えば、上記のような「購入回数が増える」視点でCRMを検討してもらうことがCRMが最も魅力的に見えるのです。
しかし、それはつまり別の角度から見ればCRMは違う姿を見せるということでもあります。
「ブランディングの科学」という本によれば、購入回数を増加させることは非常に難しいと言っています。なぜなら、消費者は購入回数を増やそうにも増やすこと自体が出来ないからです。どういうことでしょうか?例えば、あるブランドのシャンプー製品の購入回数を増加させようとします。しかし、購入回数を増やそうとする行為は、あまりにも企業本位の考え方であることにすぐに気づきます。消費者からすれば、これまで年に6回~7回しかシャンプーを買っていなかったのにそれを年10回に増やすことは、そのブランドが大好きだからといっても出来ないからです。実際、「ブランディングの科学」では様々な業界(BtoBも含む)を調査したところ、どの業界もトップブランドと下位ブランドの購入回数に大きな差がないことを明らかにしています。つまり、有名だろうが有名じゃなかろうがシャンプーの購入回数は大体決まっているということです。
「ブランディングの科学」では、購入回数を増やすことで売上・利益を大きく増加させるようなことはあまりないと言っているのです。多少の効果はあってもそもそも上限があるようなものなので、大きな投資に見合うリターンはないのです。維持することは出来るかもしれませんが。また、ここで注意点としては、この本ではあくまで「その傾向がある」ということを言っているのであって、必ずこの理論が成立するとは言っていません。ただ単純にあらゆる業界でその傾向が顕著だと言っているだけです。さらに言い換えれば、普通は購入回数を増やす施策はどんなに高度な分析をしようが大きな売上・利益をもたらさないということです。
では何の要素が売上・利益を増加させるのか?「ブランディングの科学」では、市場浸透率であると言っています。出来るだけ多くの人に認知してもらい、好意を持ってもらい、買える状態にするのが重要だと言うことです。どのブランドも購入回数ではトップブランドも下位ブランドも同じですが、市場浸透率は圧倒的に違うと言っています。また、「ブランディングの科学」では、売上・利益の大きな増加は、頻繁にブランドスイッチするライトユーザーをどれだけ囲い込めるかにかかっているとも言っています。
ここで一つ弁解させてください。決してCRMが無駄であると言っているのではありません。CRMは確かに売上・利益を増加させる要素はあります。しかし、『どんな企業でも「大きな」売上・利益を見込めるわけじゃない』ということです。もし、購入回数を倍にする可能性すらあると営業担当者から言われたから導入するというなら、もう一度考えてみるべきでしょう。企業からすれば購入回数の増加は理想的ですが、顧客の立場から見れば本当にそれは可能なのか?なぜトップブランドはそれが出来なかったのか?を検討すべきです。
もう一度弁解ですが、購入回数が1回でも増加すれば大きな売上・利益をもたらす業界や企業もあります。なので、どの業界どの企業においても、この考え方が適用できるというわけではありません。十分に回収できると判断する企業があっても何の不思議でもありません。また、CRMには良い点が他にもあります。業務効率化・視覚化など様々なメリットがあります。それらの側面においてはCRMという製品は有益であることは間違いありません。
今回は、どの角度から見るか(どの視点を使って見るか)によって同じ製品でも違って見えるということが言いたかったのです。マーケティング担当者がマーケティングに上手く踊らされているような感じがしただけです。