一部の業界を除き、多くの市場において汎用化が進み、市場は縮小している。そのような状況で大きな成長を期待をしている企業は少ないだろう。しかし、このままの状態では、ジリ貧であり企業は何らかの手を打ちたいと考えているのが普通である。
その状態を脱する1つの方法として「アンゾフの成長マトリックス」が有名である。よく知られたフレームワークなので詳細は書かないが、新市場に既存製品を投入するのか、もしくは、既存市場に新商品を投入するのかのどちらか一方の方向に向かうことで事業を拡大していこうとする考え方である。もう一つの方法として、いきなり新市場に新製品を投入するというやり方もあるが、ほとんどの場合は失敗する。

今回は、この成長マトリクスの事例と限界、そして大切なことは何かについて考えたい。
このアンゾフの成長マトリックスを徹底的に活用しているのが日東電工である。日東電工では、土木用の粘着テープ(建設現場で仮止めのためのテープ)を作っていた。しかし、日東電工は常に「これまでと少し違うもの」「少し工夫したもの」を開発することを大切にする会社で、この土木用粘着テープに塗料を入れる機能を加え、既存市場に新商品を導入し成功している。(既存市場への新商品の投入)
また、仮止め用の粘着テープは、医療用としても使われるようになる。外科手術で縫う際に、ちょっと仮止めする必要があり、そのために日東電工のテープが使われるようになったのだ。(既存商品の新市場への投入)
日東電工の役員はこう言っている。
『全く新しい材料を使い、まったく新しい加工方法で量産しよう、なんてこだわっても成果が出ない。今までの製品はちょっと違うもの、従来のやり方とちょっと異なる手法。そんな工夫で他社と少しだけ異なる製品を出していくのが真骨頂である』
日東電工は、一つずつボックスをずらすことで事業を大きくしてきたことがポイントである。決して、右上を最初から狙わなかったことが成長につながっている。
しかし、右か上に一つボックスずらすといってもそう簡単ではない。その困難を独自の考え方を適用して事業を成長させたのが富士フィルムである。
富士フィルムでは、隣のボックスに行く前に製品と市場を要素分解し、それを再構成する作業を行うボックスを追加したのだ。

例えば、追加したボックスでは、写真のフィルムという製品技術を分解するとコラーゲンやナノテクといった技術が抽出する。さらに、市場の要素分解では、ニーズをきめ細かくセグメントすることで、自社の技術を適用しうるキーワードとして「アンチエイジング」にたどり着くといった具合だ。
富士フイルムではこの追加したボックスのことを「渡り廊下」と呼ぶ。この「渡り廊下」で製品技術と市場を要素分解することで、写真フィルムの技術を新市場もしくは新商品開発に適用しやすい状態にしたのである。
これら事業拡大の事例は、いずれも自社資産が特徴的・魅力的である場合である。日東電工は、「従来とは少し違う工夫する」という会社の考え方が、既存市場に新商品を次々に投入し、結果的に新市場を発見するという原動力となっている。富士フィルムでは、「渡り廊下」という考え方を適用することで自社技術がどの方向に適用しうるかを正確に見極め新市場において既に持っていた技術力が活かされている。つまり、競合他社よりも魅力的な技術力をそもそも持っていたからこそ、最も活用できる市場を見つけることの価値が高かったのである。
しかし、多くの場合、自社の資産(技術力、資金、考え方等)が競合他社に比べて特徴的・魅力的であるという会社の方が少ないだろう。そのような会社が、アンゾフの成長マトリクスを適用したとしても、新市場か既存市場で魅力的な製品を投入できないわけだから、アンゾフの成長マトリクスは役に立たない。新市場には必ず強力な競合がいるわけだから、それに勝てるだけの資産(技術力、資金、考え方等)を持っていなければ進出することはあり得ない。既存市場においても同じだ。そのような企業はどうしたらよいのか?
一つの答えは、他社との協力関係の構築である。近年、他社と協力関係を築くことで新市場に進出するニュースが多い。M&Aもその手段の1つだ。それは、自社の資産だけで新市場に進出したとしても、勝ち残れないが、強力なパートナー企業とタッグを組むことで新市場でシェアを奪い取れると考えているからだ。既存市場においても同様である。
自社に不足している資産を獲得するために、地道に時間をかけることは変化の激しい現代においては、あまりにリスクが高い。そこでM&Aによってその資産を獲得し新市場もしくは既存市場において急速にシェアを拡大することを目論んでいるわけだ。そうすることで、成長マトリクスの右側もしくは上側に進出していこうとしているのである。
しかし、提携による資産の強化だけが手段ではない。考え方によっては、スピードで勝負することが出来る。例えば、自社の資産を活用出来る新市場に誰よりも早く進出することも戦略の1つだ。その際には、必ずしも競合他社よりも製品品質が優れている必要はない。顧客からすれば買える製品がそれしかないからだ。
どんな企業もM&Aが出来るわけでもない。提携すら難しい場合もあるだろう。そのような場合にも、考え方を少し変えることで事業拡大の方向性は見えてくるはずだ。
マーケティング戦略は、論理的でもあるしクリエイティブな思考も必要である。資産の活かし方は、企業の特徴や製品の特徴、顧客の特徴、競合他社の特徴によって異なる。非常に難しいことであるが、正しい決断をするためには、自社と競合と(特に)顧客をより良く知っていることが大前提だ。
参考文献:問題解決と価値創造の全技法