IDOMがAIで失敗した理由
「デジタルマーケティングカンファレンス2017 spring」において、IDOMの中澤氏は、AI導入の失敗の原因は、ビジネス課題を解決するためのAIではなく、いつの間にかAIありきで考えるようになってしまっていたことだと語った。AIをマーケティングでどう活用すべきかと考える人が多いが、AIは課題解決の一つの手段でしかないのだから、 本当にAIが最適な解決手段なのかを立ち止まってよく考えなければならない。 ツールの使い方を考えるのではなく、まず最適な課題解決を考えるべきであると語った。
AIにしてもMAにしてもDMPにしても同じである。AIを使う必要は必ずしもないのである。AIが必ず課題解決してくれるわけではないという少し冷静な視点で考えなければならない。これはAIに限らずなんでもそうなのだがいつのまにか忘れてしまうことである。
このセッションでは、大きく3つの失敗事例が紹介された。
- 車両レコメンドの失敗
- AIチャットボットの失敗
- 有望見込顧客判別AI
の3本である。どの事例もAIをいかに活用しようかと考え始めたけれど、実はそれって本当は必要ないねとか、そこまでお金をかけなければならないことじゃないと途中で気づきAI導入を取りやめたケース・事例であった。
車両レコメンドAIの失敗
「車両レコメンドAI」とは、来店したお客様の定性情報をもとに営業マンにお客様が好みそうな車両をレコメンドして成約率を高めようとするものである。このAIでは定性情報としてレビューテキストから感情を予測し最適な車両をレコメンドするものだったそうだ。例えば、レビューテキストである車種に対してどのような気持ちを表現をしているのかを分析して、車種と感情を結びつけたのである。その結果として、お客様から得た定性的な情報から好まれる車種を特定するというものであった。
このAIの精度は非常に高かったそうだ。営業マンの経験則でも適切な車種をレコメンドしていると感じられた。自信をもって運用していたものの、ある日部下が一つのエクセルを持ってきたそうだ。そのエクセルは、こんな人にはこんな車種をお勧めするべきという内容が記載されたものだったそうだ。まさにAIでやろうとしていることがエクセルで実現できていたのである。しかも、エクセルの内容の方が少し精度が高かった。
また、AIの場合は運用コストが非常に高かった。しかし、エクセルは殆どコストをかけずに精度を上げていくことが出来た。そんなわけで「車両レコメンドAI」は失敗に終わったのであった。
このAIの失敗の原因は、このAIで何が出来るのか?ということに意識を集中してしまったために、課題を解決するためにAIが最も適切な方法であるかどうか検討をしなかったことだと中澤氏は語った。AIはあくまで手段の一つであり、必ずしもAIが最適な手段となるわけではない。もっと効果のある方法でしかもコストを抑えることが出来る手段があればビジネス上そっちの方がいいに決まっているのである。AIをどう活用するかという検討の前に必ずAIが最適な手段なのか?ほかにもっと良い方法はないのか?という視点で考えなければならないのである。
AIチャットボットの失敗
AIチャットボットも同じような理由で実施する前に見送ったそうだ。というのもクルマの営業ではチャットボットでよく見られるようなタスク型で絞り込んでいくやり方ができなかったからだ。AIは、大きな質問から始めて徐々に本当に知りたいことを絞り込んでいく方法をとる。しかし、クルマの営業というものは、お客様の発言の意図を膨らませていく必要がある。例えば、初老の方が大きな車が欲しいと言って来店されたとき、AIだとワンボックスなどをお勧めすることになるが、クルマの営業では、なぜ大きなクルマが欲しいのかを聞く。その質問にお客様がクルマの運転が疲れるからだと答える。このような場合、お勧めすべきはセダンである。実際、ワンボックスを試乗すると何か違うといって買わないが、セダンを試乗すると「こういうのが欲しかった」と言ったりするのだそうだ。
しかし、AIではこのようなお客様の発言の意図をくみ取って提案することは難しいそうだ。ある会社に実現出来ないかどうか聞いてみたところ1億から2億かければできる「かも」しれないと言われたそうだ。そんなことに2億かけてもかけたコストに対するリターンは期待できない。
また、IDOMではトークスクリプトを毎日のようにABテスト的に試行錯誤を繰り返しており、そのトークスクリプトの精度を上げることで成約率を5倍にした実績を持っているそうだ。人の訓練という手段の方がコストも安く精度が上がるのである。だから、AIチャットボットは導入することを見送られた。
有望見込顧客判別AIの失敗
有望見込顧客判別AIとは、購入まで至る可能性が高いお客様かどうかをWeb上のアクセス履歴や入力データなどから判別していくAIである。これにより効率的にお客様へ対応することが出来るというものである。このAIが見送られた要因は、かけるコストに対して効果が見えないことだった。有望見込顧客を見つけるための特徴量を今あるデータで導き出せるかどうかわからなかったからだ。
AIは大量なデータを処理することで特徴量を見つけ出すことが出来る。しかし、データ量が少ない場合その精度は下がる。IDOMの場合、データが少ないことが分かっていたためにAIを導入することで特徴量を見つけ出せるかどうかが不明確だったそうだ。AIの会社からは最低でも「5000万レコード」は必要と言われたそうである。AIで特徴量を見つけ出すには「色々な条件が必要」なのである。
多くの会社がAIに夢を持つが、実際にAIで成果につながる特徴量を導き出せるのは条件が整った一部の会社だけなのだろう。業種によってはAIを導入しても意味はないのだと感じた。もし、AI導入を検討しているのであれば、社内にどれだけのデータが存在するのかを確認した方がよい。データが少ないのにAIを導入したところで精度は上がらないのである。
また、社内データをAIが読み込めるようにデータ連携開発が必要になる。住信SBIネット銀行の記事でも書いたが、データは綺麗でないと精度が落ちる。そのためのデータ整備と連携開発には非常に大きなコストと時間と人材が必要になるのである。そのようなコストを鑑みても十分に成果を期待できるのであれば導入すべきなのだと思う。
IDOMでは、失敗事例を中心に話があったが、しかしこれだけのことを実践しているという点において非常に進んでいると感じた。AI導入を経験しているからこそAIを上手く活用するための知見があるように感じた。きっとIDOMはこれらの経験を土台にしてIDOMにとって最適なAIの活用方法を見つけるのだと思う。やはり、AIという最先端技術はやってみないと分からないことが多くあり先行して挑戦している企業ほどうまく活用するのである。